天罰 とはどういうことか。

 天罰 → 天が下す罰のこと。(学研パーソナル現代国語辞典)
 天罰 → 天道の罰即ち自然に来る悪事のむくい。(三省堂廣辞林 昭和十六年新訂版)

 天道(てんとう)とはこの場合、天の神様のこと。
 ようするに、悪いことをしたひとに神様が罰を与えるということ。

「大震災は天罰」「津波で我欲洗い落とせ」石原都知事

 レンホウが計画停電について説明と節電依頼に来た際に言ったそうな。

 それについてマスコミに聞かれた際の動画は続きで。

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ちゃれんじ、いちねんせい!

 て、小学一年生はまちがってもチャレンジできませんが。
 中学生もちょっと(漢字検定マニアならいけるか)。高校生ならまあなんとか。


 ネットで難しすぎる漢字テストと話題になってものがあったので、試してみました。

 GAMEDESIGN 「漢字テスト」

 スタートすると言葉が出てきて(漢字仮名まじり)、その読み仮名をキーボードで打つとクリアして次の言葉に移ります。なので、キーはまず仮名にしておくこと。ひらがなのまま無変換で、正解なら打ち終えてすぐ正解と出ます。ひらがな打ち終えても正解にならなければ不正解ということです。10秒の時間制限あり。レベルは1から開始、5問正解で次に移行。一問でも正解すればそのレベルということになります(レベル1の1問目は間違えてもレベル1ですが)。

 わかったらスタート!


 ……初回、レベル1、たった3問で撃沈だ!

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『この世界の片隅に。』下巻発売、完結。

 こうの史代の漫画『この世界の片隅に』の下巻が発売されました。
 無論これが最終巻で、完結。このあとに完結編とかはとりあえず出ない模様。

 雑誌「漫画アクション」はなぜか滅多に見かけないので連載中は殆ど読んだことはなく(連載が毎号でなかったせいもあるかな)、ほぼ単行本が初見でした。おかげでじっくり読めたと思います。これまでの作品と同じような作りなのですが、集大成というか、それぞれで使った漫画の文法を全部取り入れた感じ。無論大長編ではないので取り入れたといってもその分ストーリー漫画としての書き方は短くなってたり、ギャグ?というかコメディタッチの部分もオチに使われる場合が多く、新聞の四コマ漫画の拡張版という感じの話もありました。

 また、とくにこの下巻前半は情報が多くてちょっと忙しい漫画でもあります。上部に妹尾かっぱさんの著書のように当時の情報が図解されていて下部に主人公らの物語があったり、呉の軍港としての歩みが年表と平行して軍の組織をツリー状に表図されていたり。それがまた細かい。
 年表のエピソードではよく見ると一人の人間の絵が年代を重ねる軍組織の図の間にはさまるように描かれてますが、後半になっていくと主人公の義父(軍の技術系で働く技師)の半生が同時に描かれているのだとわかってきます。最初は母の背に背負われる子供、次第に大きくなり軍の技術部で働き、軍備縮小の折りには出て行く(リストラされます)し、拡張時にまた戻ったり配置変換されたりして、子供(主人公の夫)も生まれ、最後は普通のコマで主人公が嫁ぐ前の家族の絵になっていきます。

 しかし見事な傑作です。短くまとまりがある『夕凪の街 桜の国』のほうが日常の中に差し込む悲劇をよく表現し、完成度も高いかもしれませんが、こちらは長い時間(物語上で主人公が子供のころから戦後まで)描かれている分、戦前戦後の営み、日常がより分かり、のちの悲劇がずっしりくる感じです。下巻では戦争も激しくなり、主人公の身近にも悲劇が起こります。それでもなお、普段の生活でのちょっとした笑いも、終戦における憤りも悲劇に対する気持ちも描かれた上でたくましく──というかおだやかに日常を生きていく人たちの物語。

 戦前戦中戦後の暮らし向きが細かく描かれているだけに実際どこまで真に迫っているかはわかりませんが、そういった文化的な側面もあわせもつ連続TV小説的ドラマとしても楽しめますので、若い人(って自分も含めてそういう生活を知らない戦後世代)にも読んでほしい漫画ですね。重いし時間がかかるけど、上中下巻、一気に通して読むとまたいいかも。

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村上春樹、エルサレムでドン・キホーテになる。

 先日、作家の村上春樹さんがイスラエルにて小説の賞を獲ったので、授賞式に出たというニュースをTVでやってました。イスラエル最高の文学賞であるエルサレム賞というのは浅学な私は初耳で、村上春樹さんが受賞したというのも、式に出ることに反対意見があったというのもニュースを見て初めて知りました。まあ反対派がいることは容易に思いつきますが。

 ただ、上のリンクのニュースでも少し書かれているように、村上春樹さんが出た理由はどちらかといえばその場で意見を言うためだったようです。TVではただ反対意見であるくらいで内容はほぼ出なかったのですが、さすがネットでは色々意見があって原文も和訳も色々と出てました。和訳は共同通信でのものもあれば個人のものもあるので、細かいニュアンスが違う場合もありますが、まとめページが作られていたのでそこから適当なものを紹介してみます。

 今回後半で自分の意見がわかりにくい上に長いので、紹介するリンク先を見てご自分で判断してそこで終わるのが良いかもしれません。私の戯言(たわごと)はスルーして。

 ああ一応先に言っておきますが、私は村上春樹の本は古いもの(『パン屋再襲撃』等の頃)を確か二三冊ほど読んだことがあります。ありますが、正直内容を全く覚えてないので、春樹マニアというわけでも村上文学ファンというわけでもありません。文体に拒絶反応を示した覚えはないので、普通に読んだはず。

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星の夜の爆発。

 翡翠さんの『かわせみ部隊』で稲垣足穂の本があげられていたので──
 それにまつわる思い出。

 正直な話、私は未だに稲垣足穂氏の本を読んだことはありません。なんか手にとる機会を逸して。未だ古本屋などでの出逢いを期待して、ずっとそのままに。
 ただ一部、氏の文章に触れたことはあります。それがヴァージンVS(ヴイズ)の歌なのでした。

 ヴァージンVSというのは、今では知らない人も多いでしょうが、1980年代に活躍したバンドです。ジャンルは……一応ポップスなんだろうか。このバンドに参加していた(リーダーだったと思うが)A児ことあがた森魚(もりお)は、かつて1971年に『赤色エレジー』という曲でメジャーデビューし大ヒットしました。あがた森魚氏についてはこちら山縣駄菓子店~あがた森魚に詳しく載ってます。ちなみにこの歌は林静一氏の漫画『赤色エレジー』に触発されて歌にしたそうですが、これについてはおもしろい逸話などがあるそうで。これは昭和歌謡のような歌なのですが(当時は一応フォークの分類か)、ヴァージンVSはどちらかというとロックやポップス調でした。アルバムはベスト含めて六七枚ほど出したかと思います(五枚は持ってたはず)。

 ヴァージンVSはマイナー系っぽいですが実際はドラマで歌が使われて、そこそこ知られていたかと思います。というかアニメ『うる星やつら』のエンディングにしばらく使われた「星空サイクリング」の存在がアニメファンには効いてましたね。あれでヴァージンVSに転んだひとは多かったと思います。実はアルバムの一曲「コズミック・サイクラー」の歌詞やアレンジを変えた別バージョンですが、元歌のシュールな感じでオチのついたところが好きな人も多いはず。もっともヴァージンVSを私が知ったのはその前、(地元では深夜に放送されていた)探偵ドラマのこれまたエンディングに使われた歌「ロンリー・ローラー」からで、あれもいい歌でした。

 そのヴァージンVSの二枚目のアルバム『STAR☆CRAZY』の中の一曲「スターカッスル星の夜の爆発」が足穂の本から引用された歌詞で(そのまんまらしい)、そらもう凄いイメージで、曲と歌いっぷりとLPのイラストなどと相まって物凄く気に入りました。ヴァージンVSは名曲揃いですが、中でもこの特異的な歌はあがた森魚のお気に入りでもあるらしく、ご本人の別のアルバムにも別バージョンが収録されています。ただしアルバム『永遠の遠国(二十世紀完結篇』などに入ってるアレンジ版よりはヴァージン版のほうがストレートに歌詞にひたれるので、そっちを先に聞かれることをお薦めします。問題は今は入手がかなり難しいこと。LPレコードは言わずもがな、CD版ももう十年前になるので全く見かけません。ネットじゃプレミアものなので、足で捜したほうがましかも。次点は『遠国』の組曲版かな。組曲一番あたりは聞き取りにくいけど。

 かなり短めで間違った印象を与えかねないのでなんだけども試聴できるページはこちらに

 ヴァージンVSは明るい、日常ながらどこか夢見る視点で描いた歌(強いて言えば南洋っぽいというか)が基本なのですが、時折シュールな部分もあって、この歌などはあがた森魚の足穂趣味から来てると思われますが(ファンだそうで)曲だけ取るとこれが特にシュールでもなくすばらしいメロディで耳に残ります。セカンドアルバムでは、これと「水晶になりたい インストゥルメンタル」がもう名曲中の名曲。残念ながらこの二曲が入ってないという中途半端なできですけど、去年ベスト版が出ています。その名も『ヴァージンVSゴールデン☆ベスト』。「ウィンターバスストップ」もお薦め。アップテンポの明るいポップスなんだけど、突き抜けた感じがあって。

 ヴァージンのCD持ってたはずなんだけど、どこにいったやら……。

 あ、無論あがた森魚氏のCDもお薦めですよ。

 タンゴに興味のない人間もタンゴ漬けにしかねない『バンドネオンの豹(ジャガー)』
 昭和歌謡と大正風味の調べを求めるなら『噫無情(レ・ミゼラブル)』『乙女の儚夢(ロマン)』
 あがたさんだけのアルバムではないけど、監督した映画『僕は天使ぢゃないよ』サウンドトラックもお薦め。主題曲がまたいいんだ。先のアルバム『乙女の儚夢』から「赤色エレジー」と「清怨夜曲」という二曲の名曲が入っているのでこちらだけでも良いかも。
 うお、ついこの前『乗物図鑑』も出てた! あがた森魚のヴァージンVS以前の幻のインディーズLPのCD化。これは聞いたことないので買うしかありません。

 とまあとりとめもなく書き綴ったけれど、稲垣足穂の話はどこだってくらい少ないですね。
 まあタイトルは、こういうことを一気に書いたこの夜の自分の気持ちということで。

 まだ風邪が治りきっていないというのに……。

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トラックバックしまーす。

 ……ベタだ、なんてベタなんだ……。
 一発目のトラックバックが失敗気味だったので、こんどは友人向けで緩衝材入りにしておこうと思ったのです。あいすみませぬ。

 「破綻」

 ふ、「勝っ……た。」(「うる星やつらBD」の夢邪鬼の台詞より)
 一応読めます……書けないからバタンと倒れるのは同じだけど。書こうとすると「綻」の右が不確かで……。 

 「撓」、読めませんよねぇ。

 実はうちのIME「OAKv5.0」では「シナる」でも「タワむ」でも出ますが、IMEの漢字辞書で「タワむ」で調べると何故か手へんでなく木へんの「橈」しか出ません──これも「タワむ」という訓読みがあるとありますが、調べてみるとうちのじいちゃん(の廣辭林)によれば、昔はそんな読みはなく、「かい」のみ。舟を漕ぐ道具の「かい」です。インフォシークによれば今は「橈」には「かじ」の読みもありますが、今はいわゆる「かじ」と「かい」は違うものだからなぁ(昔の小舟で使う「かい」と舟の固定されてる「かじ」はほぼ同じようなものでした。形も意味も)。
 「かい」は今だと「櫂」が普通使われますが、じいちゃんの辞書によれば、櫂・橈・棹とあとうちのIMEで出て来ない一字があてられていますね(棹は当時もさおという読みもある)。「かい」は「かき」の音便とありますが、つまりは文語で書くときは「かき」と書くってことか(これも知らなかった)。「水を掻き分ける」ものなわけで本来は「掻き」から「かき」なのが、「掻いて」と同様に「かい」になるわけですね。

 む、話がそれました。
 辞書ってのも読もうと思えば続けてリンクを辿るように読めるので、こうすると知らないことが芋づる式に出てきます。特に戦前の、当用漢字なんてものがない時代の辞書は面白いですよ。古本屋で見つけたら買いです。

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「撓」

 日本人生活ウン十年と何年か、未だに知らない言葉が山のようにある。
 つーか、習ってたかもしれないけど忘れた字とかも結構。

 別に国語を専門的に習ったわけではないし、日常でそれを使う仕事をしてるわけでもないのだが、やはりちょっと恥ずかしかったりするのは、日本人──現代日本語を話すという意味での──というプライドがあるのかないのか、いや実は単にあれだけ本読んでるくせ物知らないというのが引っ掛かってるのかも。

 そんなわけで、時にある言葉について知らなかった事とそれに関して辞書を見て勝手に物事を発見──つまり、自分にとってはという意味だが──したことで嬉しい驚きを得ることが多々あって、それは結構本気で嬉しかったりするわけだが、興味ない人にとっては、どうでもいいことなんだろうなぁ。
 ま、そんな些細なことでも、取り敢えず書いておくことにする。きっとこれを見た人の数パーセントは絶対知らなかったことだろうから、残る数十パーセントの人が「そんなことも知らないの?」と思われたとて、何を憚ることがあろうか、いやない!……に違いない。

 というわけで、今回のお題は「撓る」である。
 ある小説で出てきたのだが、恥ずかしながら私は最初読めませんでした。

 文脈からして、ひねるだのそるだのという意味であろうと思ったが確信が持てない(ひねるという字は違う漢字だし)。こうなると、まず最初にするのは当然辞書。手へんで探してみることに。
 するとですね、この字、訓読みだと「タワむ、タワめる」ってあります。まあ意味は分かりますが「撓る」という活用はない。マ行五段活用か下二段活用なわけで、送り仮名が「る」だけというのは無し。小説では数カ所使われてたので誤字でもあるまいし、さりとて他に読み仮名無しと、しばらく困りました。

 実はうちには今漢和辞典がなくて、二冊の国語辞典で見ました。一つはじいちゃんが使ってたという、大正十四年初版昭和十六年新版の三省堂刊行「廣辭林」。古いだけに当然旧字体で、しかも大正や昭和初期に使われた言葉が基本という、今とはかなり違う内容もあったりするシロモノですが──ちょっと自慢──それだけにこんなJIS第二水準の漢字も詳細に載ってて便利だったりします。でも、これにも、最近の──といっても二十年前の学生時代に使ってた──旺文社国語辞典にも同じ「タワむ」の活用しかありませんでした。

 ここでしばらく行き詰まり、本屋で漢和辞典でも見てきたろうかいと思ってたわけですが、救いは思いの外身近に。そう、インターネットにはフリーで使える辞典サイトがあるというではないですか。でインフォシークの辞書ページを選び、余所の会社でしかも最新だろうから一応検索してみました。無論「撓る」で。読めない字でも送り仮名付きで検索できるところは、紙の辞書より便利だな……と思ってたらあっさり出てびっくり。

 お題の「撓る」は──「シナる」。そう、枝がしなるとか、板がしなるとか身体がしなるの「しなる」。
 「タワむ」と同義語といってもいいでしょう。同じ字を使ってるのも納得。
 だがしかし、それでは何故うちの辞書で漢字を調べたときに出てなかったのか?

 とりあえず一件落着かと思いきや……なんとうちの国語辞典二つには「しなる」という言葉自体が無い!

 一体何故? もしかして「しなる」って元は方言? などと考えましたが、ネットで見つけたのだからネットで調べようと、今度はまんま「しなる」と検索してみました。すると意味の他に一言、「しなう」の転。そう、「しなる」とは「しなう」が変化したものだったのです。見れば二十年前のにも六十年前のにも、しっかり「しなう」とありました──戦前のでは「しなふ」でしたが。
 子供の頃も「しなる」って使ってたと思うけど、そのわりに二十年前のに「しなる」が無いってのが一番不思議ですね。まさかそんなに新しい言葉とは知りませんでした。転用にしろ何時頃から使ってたか不明ですが、ひまを見つけて古い小説などで検索してみるのも手かも。

 ともあれ「撓」は今だと「しなる」「たわむ」で使われる漢字ということで、「しなる」という言葉は本来「しなう」だった、と覚えておくことにしましょう──ってことは、戦前戦中戦後すぐのころが舞台の小説で「しなる」って言葉は使っちゃ駄目ってことか?

 ついでに。探してたときに「しなる」の代わりに見つけた「しなれる」という言葉、これは「死なれる」じゃ無論なくて、「為慣れる」、つまりやっていくうちに慣れるという意味で、文語では「しなる」と書くそうな「撓む─たわむ」なども、詩歌に使われてるそうで、やはり古い言葉のようです。今じゃ漢字で書くひともそういないでしょうね。

 今回の勉強はこれでしゅうりょー。
 教訓。辞書とパソコンは新しいのを持て。でも、比較用に古いのもあると、変化が分かって面白い。

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