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おいらの~ふねはさんびゃくとん!(私は船乗りじゃありません)

 TVの「秘密のケンミンSHOW」というバラエティ番組で、その地方の誰もが歌う「ヒミツのヒットソング」というコーナーがありまして。そこで高知は室戸市でなら誰もが歌える歌というのをやってたらしいです(全部は見てなかった)。

 それが『おいらの船は300とん』
 番組では県民代表の芸能人として高知東急が出ていて、スタジオでも歌ってたみたいです。高知(たかち)って室戸出身だっけか。

 私は室戸出身ではありませんが、じつはそれなりに歌えます。小学校のころだったか、TVのCMでかなり頻繁に流されてたんです。何のCMだったかよく覚えてませんが、地元のものだろうからお酒のCMかなにかだったんじゃないかな。あのころだと漁業関係のCMって特になかったから、そのまんまってのはなく、あとはかまぼこ会社くらい。
 とにかく、繰り返し聞いただけでなくノリがよかったせいでずっと覚えてました。ただ小さかったせいか、どうも歌詞をまちがえて覚えてたようで。ただそれでも明らかに「室戸出たなら~」ではなかったので、あれぇ?と首を傾げてたんですが……。

 番組内では、室戸の老人から幼稚園児までが、見事に歌える!
 しかもみんな「室戸出たなら~」だ!

 なんじゃこりゃと思ったら、どうも地元で「室戸出たなら」と勝手に歌詞改変してずっと歌い継がれてきたとか。それにしても幼稚園児までもがというのは、何の冗談だと。あのCMも長いことやってないはずなんだが(十数年の間に何度か復活してやってたの見たことはあるが)。

 ちなみにうろ覚えだったけど、本来の歌詞はこちららしいです。

 みーなーと、出たなぁらー、まぐろをおーおおって~♪
 こーえーるせきどぉおー、なんぽうーこぉおろー♪
 おいらの♪ふねは、300とん! むかし親父も、来て働いた~♪
 うーぅみーは、碧ぃのー、いーんどよぉおーーっ♪

 歌詞検索対策でわかりづらくてすいません。
 ちなみにうろ覚えでは最初が「海へ出たなら」とか「海は碧色、インド洋」だったりしましたー。うろ覚えだったんで、自分の中で補完した歌詞で、これでずっと口ずさんでました(人前では、大学入学時の飲み会でいっぺん歌った)。CMではこの一番だけだったので、それしか覚えてませんでした。

 で、室戸では冒頭を「室戸出たなら~」と変えて歌ってたとされてます。ただ歌を調べてると、実はそれもある意味正統だったかもしれない可能性が。

 検索してみると、もともとこの歌は美幌健さんという歌手のデビュー作でした。作詩は故・石本美由起さん(男です)という著名な作詞家さん。美空ひばりさん他大勢の歌手に提供してるひとですが、個人的には『いなかっぺ大将』の主題歌「大ちゃん数え歌」の作詞家さんというところに感動しました。コロムビアレコードのひとで、コロムビアの石本さんのページにも代表作としてこのレコードが上げられてました(10番目)。このジャケットはこちらのブログ記事に大きいサイズのものがUPされてます。ですが、これは多分のちに出たEPのようです。
 こちらのブログの記事には、さらに古いジャケットが紹介されてました。較べるとわかりますが、どう見てもこちらが古い。美幌さんの写真が若い! あと、どう見ても昭和50年て感じじゃないなぁ……。昭和40年代かそれ以前の感じがする。でもあちこちで昭和50年のデビュー作とあるんだよなー。でもまあ多分こちらが最初のやつ、カラーのはずっとあとのものでしょう。

 他にもわかるはっきりした違いは、古いほうのB面が都はるみの「恋のかがみ川」とあり、新しいほうが美幌さんの「よさこい船」とあるところ。てか、歌謡曲とはいえA面とB面で違う歌手の歌を入れてるとは……昔は多かったのかな? ここで気になるのは、こちらのブログ記事でこの歌の船が室戸岬を出る遠洋漁業船だと断定してるところ。B面の「かがみ川」も高知の鏡川のことだろうと書いてますが──ちなみにこの歌はこのEPにしかないレアものだそうで、実際都はるみで検索してもファンサイト見ても、ここ以外出てこない幻の歌みたい(笑)──つまりこのEPは高知をモデルにして書いたものだと。ならば室戸で替え歌が流れてもそれは原点回帰みたいなものだと言えるでしょうね。しかし都はるみがB面というのも物凄いなー。コロムビアの石本ページにも出てないのは、このせいだろうか。

 ちなみにこの歌は何人かの歌手が歌ってるらしいですが、1984年(昭和59年)にペギー葉山さんも歌われてEPが出てます。なぜペギーさんが歌ったかといえば、当時高知で「くろしお博」という博覧会をやってそのイメージソングを歌われたそうで、そのレコードのB面に入ったのが「おいらの船は300屯」。しかもこれ、室戸バージョンとして歌詞が変えられていたというから凄い。私は当時こんなの聞いた覚えないけど、もしかすると今も室戸で子供まで知ってるのはこれずっと聞いてるんじゃなかろうか。

 おっと、忘れてた。作曲は上原げんとさん。で、どんな人かと検索してみれば……え……昭和40年に急逝してるーっ! てどーゆーことさ! さっき昭和50年の歌ってあったじゃないの?! 都はるみのデビューだって昭和39年よ?

 これは驚きましたが、つまり生前つくったものの歌にならず遺された曲にあとで歌詞をつけた、もしくは元歌があってそれの歌詞改変ものだったということなんでしょうか。と、そういやどっかでなにか見たような……ってえー、ここでは昭和30年代後半に作られた歌と紹介してますね……。で探したら、番組のコーナーがすでにようつべに上がってました。

 番組内では昭和30年代前半と出てるじゃない(笑)。しかも有名歌手のB面として書いたとある。なるほど初出は上原さんの生前でしたか。それで美幌健さんがデビュー時にA面として歌ったわけだ。デビュー時が昭和39年だから都はるみの歌ではない……元は誰の歌だったんだろ? しかしまあ初出はどうかわからないが、一般向けには多分高知や室戸と関連づけられたのは美幌さんのデビュー時のレコードからだろうから、やっぱり高知の地元ソングとしては「よさこい節」にや「南国土佐を後にして」に並ぶ歌謡曲でしょうね(まあ最近の世代では「よさこい節」以外はまったく知られてないだろうけど)。

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