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『GOEMON』を観る。

 昨日の4月21日、姉に試写会のチケットをもらったので『GOEMON』を観てきました。タイトル聞いても何それ?と思ったくらい全く知らなかったので、行くと言ったあとで検索。なになに、あの『CASSHERN』の……えー。悪名高い『CASSHERN』の監督「紀里谷和明」氏の二作目だそうです。しかも検索してみると、この『GOEMON』もなんか評判はいまいち……ただ面白かったという声もあったのでとりあえず観に行くことにしました。

 結論から言うと、多少ダレるところもあるけど(2時間少々と長め)眠くなるほどでもなく、娯楽作としては十分楽しめました。まあキリヤ氏独自の色合いとか無駄に多い合成とか派手なのはまだしもなんか似合わない衣装とかは嫌いな人は嫌いでしょうが。あと傑作と言えるほどでも無いのは確かなので、過大な期待は無しで、TVではちゃちく見えると思うので値引きの日に劇場で観ることをお薦めします。

 ちなみに『GOEMON』公式サイトの著名人コメントの中ではSHIHOさんのものに同意。他はほめすぎ。

 あと未見の人に注意。お話やアクション、史実無視の荒唐無稽さというのは、この手の物語の批判にはつきものですが、それは的外れな批判ですのでそういう先入観は無視するべきです。歴史ものだと大枠は史実通りで物語の中核だけ想像や空想で描かれるのが当然と思われる人もいますけど、別に史実すら曲げてる空想物語は昔からありますし、外見や道具まで年代を超えたものを出すのも最近始まった風潮ではありません(なんか外来語バリバリのバイク乗りみたいな武将が出てくる戦国ものがあるそうですが、銃や剣等の武器や言葉づかいや風俗でいえば随分前から史実無視なんて普通にアリ)。

 まあ歴史全く知らない人がこれを史実と思って観る可能性がないとは言えないので(子供でなくとも)、もっと派手に史実とは違う内容増やしてもよかったかな。結局、史実をそこそこ知ってる人が違いを楽しむ映画かも。って海外の観客にまた間違ったニンジャ像植えつけそうだな。

 以下少し感想を。

 物語。
 暗い森に光る一匹の蛍。葉っぱを離れ飛び去る向こうに見え始めるのは、大玉の打ち上げ花火と無数の明かりに包まれた、夜祭りで賑わう大都市の夜景。とある屋敷の奥の巨大な金庫の扉に向かう一人の男。鍵を開け、侵入した金庫室から財宝を盗み出す。同じころ屋敷に乗り込む太閤「豊臣秀吉」の側近五家老が一人「石田三成」。屋敷の主人紀伊国屋文左衛門に、明智光秀より預かった箱を渡せと迫るが、向かった金庫室は既に荒らされていた。脱出を計る男だが屋敷の番人らに見つかり立ち回りの末、大屋根の上で祭りの民衆の前に現れる。「絶景、絶景~」「あれは……五右衛門だ!」男は民衆の味方、大泥棒「石川五右衛門」であった。盗んだ小判をまき散らすが、いっしょに持ってきた南蛮風意匠の箱は開けると中身は空。箱をそのまま捨てて、追手をかわし逃げ去る。
 遊廓で遊び眠った次の日、子分の佐助に紀伊国屋屋敷の住人が三成に皆殺しにされたと聞く。それも五右衛門が盗った箱のせいだと。気になった五右衛門は捨てた箱を探し、拾った小僧を助けて取り戻すが、そこに三成配下の忍者、才蔵とその部下が襲いかかる。才蔵は言う。その箱はパンドラの箱だと。その箱に隠された謎、そして五右衛門が捨てた過去が五右衛門の運命、日本の運命を変える。


 ここまで序盤で、箱自体はたいしたギミックもなくあっさり謎は解け、中盤からは正直バトルアクションものといっていいかな。大泥棒の五右衛門が主人公ですが、泥棒っぽいのは序盤だけで、基本的にスーパーニンジャムービー。そもそも五右衛門が泥棒をしたくて、泥棒にプライドもってるようなタイプじゃないので、ルパン三世的な人をおちょくる展開も、いかに難攻不落な相手を落とすかとかってギミックは無し。アクションはCG基本で、ちょっとやりすぎ。ゲームも超えたありえないアクションの連続で、もはや忍者というか人間じゃありません。まあ最初の大都市(忘れたけどお城があるなら大阪。なければ堺あたり?)の光の洪水でもはや安土桃山時代って感じじゃないし、紀伊国屋屋敷の金庫が現代金庫風仕掛けだし、そもそも紀伊国屋文左衛門がこの時代の人じゃないので、歴史を多少でも知ってる人は、つまり普通に時代劇だと思ってた人は序盤でその認識を捨てるべきです。時代劇じゃないです。時代劇風アクションヒーローもの、です。『徳川家康』とか『豊臣秀吉』とかではなく『仮面の忍者 赤影』とかの類ですね。あれと違うのは衣装や風俗、小道具まで時代劇じゃないってところ。

 そもそも石川五右衛門自体、名前と盗賊であった以外は史実に何も残っていないので、昔からなんにでも使える人物なんですよね。小説や漫画では忍者が基本ってのが多いのは盗賊だったからで、オチが釜茹でなら前半生はなんでもアリという便利さ。アクションヒーローとしては今までにも何作も物語が作られましたが、近代の映画では珍しいというか初めてなので、その点も効果的でした。全く見かけは違うけどファミコン世代にもゴエモンはよく知られてる名前だし、ネームバリューはあるし荒唐無稽さも似合うので彼を主役に選んだのは正解。

 話の筋としては、映像では消化不良なところも多々ありました。足りないわけではなくてエピソードは十分だけど、なんというかシナリオがイマイチ? アクションメインだったせいもあるけど、心に残る台詞がほとんどなかった気がします(つか個人的には2シーンくらいしか台詞がキモのシーン覚えてない)。

 観賞後、本屋によったらノベライズが出ていて、ちょっとだけ流し読みしてみたところ、エピローグが付け加えられていました。なかなかよかったので映画であってもよかったかなと思いつつ、あの長さだと蛇足になるかなとも思ったり。秀吉の最後あたりも多少改変されていて正直なるほどと思いました。映画ではあっさりしすぎてたし、映像だけで語るのは難しいのはわかるけど、ちょっとした台詞の違い、カットの変更で作れそうなものだけど、アクション主体だから物語削られてる感じ。その前のアクションが長すぎ、派手すぎるんですよね。ああもったいない。


 ただ俳優に支えられていてキャラクターのイメージはよくできてました。五右衛門を演じた江口洋介のひょうひょうとしたカッコ良さはよかったですね。ただ豪快で自由奔放な五右衛門のキャラクターは正直中盤から無くなってたので、ふっきれた最後はもうちょい前の印象に戻してほしかったかな。最後の台詞はそういうやつですけど……なんかね。

 逆に一貫してかっこいいのは大沢たかおが演じた才蔵(霧隠才蔵ですが、真田の兵士ではなく三成の配下)。冷徹で敵無しとして知られる一級の忍び。初登場時から鋭く強く、五右衛門のライバルのように出てくるが、実は同じところで育てられた元親友同士。袂を分かったものの命を助けたり心の奥底では情に厚く、妻子を愛するカッコよさを、シンプルに大沢たかおが熱演してました。五右衛門は大泥棒として本当の自分を偽るところがあり、真実を追い友人や愛する者のために揺れ動く中盤以後に序盤らしさが消えるのはそのせいでしたが、才蔵は一貫して自分の愛するもののために出来ることをしてきたのが途中分かるだけなので、最後の最後までカッコよく終わります。いやもう壮絶な最後ですが、ある意味カタルシスを得るほどで主人公のライバル兼親友キャラクターとして物語上お約束通りのすべての役所をこなし退場。完璧で過不足無し。ちなみにやりすぎだろうと思った秀吉の最後の仕打ちは、なんと史実通りでした。史実に書かれた五右衛門の最後は一族郎党の処刑で、釜茹で刑の記載では一子共に茹でられたと(そういや昔そんなのを見たかな。釜の中に入れられた五右衛門が子供を抱え上げてるような絵を)。まあ娯楽作として荒唐無稽にやってるのに、そんなとこだけ史実通りにしなくてもなぁとは思いましたが。

 五右衛門の宿敵として登場するのは太閤秀吉と石田三成。悪役キャラクターとして、双方存分に振る舞ってます。初っぱなから出てくる三成は案の上というか、冷静沈着な表の顔の裏で立ち回るタイプのちょっと下の悪役。秀吉は派手で奇矯な振る舞いもする徹頭徹尾本当にいやーな感じだけどいかにも人間的な欲を背景にした悪役。無論圧倒的なのは奥田瑛二の演技も相まって秀吉。ただ本当にアクションや話の詰め込みのため、秀吉の最後のシーンが惜しい出来だったのが残念。三成の最後はあんなもので十分だけど、秀吉はいいシーンだっただけにもっと五右衛門と向き合ってほしかった気がする。

 三成を演じたのは『仮面ライダーアギト』でイケメン俳優として売れた要潤ですが、オーソドックスな悪役でしたので可もなく不可もなく悪党でした。整った顔だとこういう役は似合いますが、演技的にはどうだろうなぁ。まさに冷血なだけの小悪党。
 ちなみに青年時代の五右衛門役がいかにも生真面目で優しげな二枚目ながら、どことなく江口洋介に似てるいい俳優でしたが、演じた田辺季正は『アギト』に子役レギュラーで出てたそうです。まあ要の演じた氷川とはあまり絡まなかったと思いますが(今回も絡んでないし)面白いですね。一方の才蔵の青年役を演じたのは『仮面ライダー電王』の主演でブレイクした佐藤健。殆ど台詞のないチョイ役ですが、いい目をしてました。さらにこの映画のもう一人の小悪党(大筋には関係ない非道な役人)又八を演じたのは玉山鉄二。戦隊もの『ガオレンジャー』のガオシルバーでこれもイケメン俳優としてブレイクしました(最近はオダギリジョーのように黒歴史にされて一般イケメン俳優として売ってるらしいですが、オダギリと違いご本人にはガオシルバーはいい思い出らしいです)。
 以上、特撮系ネタ話でした。

 秀吉と対峙する徳川家康は、伊武雅刀がタヌキっぷりを上手く演じてラストで三成との対比もしっかり出来てたので十分。善人ではないけど悪人というほどでもない微妙さが最後の勝利者らしかったです。特にこれというキャラクターではないが、伊武さんが演じてるので、誰これ?とまで印象が薄くもならなかったのは良かった。逆に言えば濃い役者でないとあっさりしてしまうような役柄だったわけですが。
 惜しいのはあれか、衣装が家康らしくない。そもそも秀吉以外大名らはみな似合ってないんだけど。あと最後がとにかくタメがなくて投げっぱなしな印象があるのは、チャチな関が原だから。CGバンバン使って大軍勢作ってるけど、グラウンドみたいな大平地(実際の関が原が広っぱだからとかそういう問題ではないほどのチャチさ)でとにかくつまらん。東軍西軍が黒と白貴重にした一色にまとまってるのもつまらんし、ただの正面からのぶつかり合いというのも。五右衛門最後の大暴れも、背景がチャチなので秀吉戦ほどのカタルシスはないし、家康の大物ぶりも小さくまとまってるし。やったことないけど、ゲーム『戦国無双』をPS1でやったらこんな感じなのだろうかと思わせるほど。おかげで五右衛門と家康の対峙するシーンも少し微妙。同じくCGバンバン使ってたそれまでのシーンと比べても、あきらかに映像としてカッコよくないわけですよ。構図とかカットとか後ろとか。そりゃまあここまでカッコよく並べられたら、傑作とは言わずとも普通に面白いと言えるんだけど。

 五右衛門の想い人「茶々」を演じるのは広末涼子。信長の姪ですね。史実では秀吉の側室になり秀頼を生みますが、この物語では秀吉の元から救い出されます。子供のころに五右衛門と出会っていた(五右衛門が護衛していた)この物語のヒロイン。ただ五右衛門のモチベーションの一つ、魔王の城に捕らわれたお姫様というぐらいであまり決定的な役所はありません。(朝鮮への)戦を止めようと側室になって秀吉の命を狙いますが、話の大勢に影響与えるほどの役所でもなし。西洋ドレスを着て清楚なイメージをヒロスエが出してる、それくらいです。日本人にはいまさらですが、海外向けならグッとくる東洋美人系として受け止められるんだろうか?

 登場するキャラで秀吉と並んで強烈な印象があったのは信長。回想シーンのみですが、孤児の五右衛門を「強くなれ」と拾い、配下の忍者に鍛えさせた男。出たのが短いせいもあって魔王信長らしいところは無く、とにかく男らしくカッコいい殿様でした。五右衛門のよりどころの一つとなって、重要なシーンでいい台詞を思い出させます。西洋甲冑を被ってたのは史実でも言われてますがマスクまでまんま西洋鎧、配下もみな西洋風甲冑で安土城がどこのファンタジーかという城になってたのはご愛嬌。演じたのは歌舞伎俳優・中村橋之助だけあって声の張りもよく、『敦盛』の一節を舞うあたりはさすが。本の少しでしたが、同じく『敦盛』を歌う伊武雅刀とは雲泥の差が……。

 五右衛門の子分、猿飛佐助を演じるのはあのガレッジセールのゴリ。序盤から出てちょっと情けない感じの下っぱぶりは見事。特に違和感なく、まあたいした役所もないですが(戦闘とかほぼ無し)いいキャラクターです。というかキャラクターとしての役所は、オチだけのものなので。お約束なオチでしたが、なんか哀れなだけでショボいキャラになってしまったのが残念でした。ただノベライズではちゃんとケリが付いてて目が向けられたので、ただのコワレキャラにならずにすんでます。これも映画で普通に見せられるものだったのになぁ。
 同様に五右衛門に絡むキャラとして、序盤で助けられて拾われる孤児の小平太がいます。演じるのは子役の深澤嵐。この少年はある意味五右衛門の心の投影になる重要なキャラクターで、要所要所で五右衛門が彼に語る言葉は五右衛門自身に戻りますし、幼い自分を思い出させます。なのにラストがあれで終わり。五右衛門を見送るシーンは悪くありませんが、これもノベライズで追加されたエピローグのほうが効いてるかな。

 つかそもそも最後のシーン、ヒーローものではお約束の一つではありますが、ハリウッドのヒーローものでは通常ありえないラスト。海外向けとしても考えて作られたようですが、あちらの観客はこれで納得するかなぁ。あれでもいいと思うのは日本的情緒だと思います。五右衛門はなるほど日本的なキャラクターとして作られてますが、源義経のように縛られないところが脱日本的なキャラクターでもあるので、ラストは違うタイプでも問題なかった気もします。

 書いてると色々不満も出るけど、観てる分にはあまり気になりませんでした。気になったのは五右衛門の出生か。途中回想で出てきますが、どこかの殿様が小部屋で自刃。配下の武士らと共にいる少年は母に抱きしめられたあと乳母?に伴われて脱出し、残った母は襲い来る武士に殺害されます。途中西洋甲冑の男に助けられ、強くしてやるからついてこいと言われた少年が必死にたどり着いたのは安土城。そこでその男、織田信長から五右衛門と名を与えられて、忍者の修行にはいります。
 脱出先で信長と出会ったということは信長の所領の近くだったか信長が父と戦った相手だったか。ただ信長が鎧をつけてたものの単騎だったので戦闘中とは思えず、多分五右衛門の父母を殺したのは信長勢ではないだろうなぁ。
 ノベライズでは補完されてるかもしれないけど、五右衛門が武家の出だったというのはストーリーにもちょっとは関係あるかも。才蔵は妻子のためにも、三成の言いなりで非道な行いをしようとも出世して侍になることを望んでました。同じ信長配下で育ち信長の死によって道が分かれますが、そのとき自由に生きるつもりだと五右衛門が野に下ったのは、武家に生まれ戦で父母を失ったことが関係してます。戦を憎みつつ戦を起こす武家から遠ざかったのはそのトラウマから。信長の死の真相を知り、茶々と再会したり、秀吉と相対することになって信長の言葉を思い出したりしつつ、そのトラウマを乗り越え自分の運命に向き合った結果が最後の戦いに向かう動機になったわけですが、そこんとこ映画では分かりにくいです。ええ。茶々との最後の会話にも入ってるんだけど、やっぱり台詞がイマイチなのか。秀吉との最後の会話と家康への台詞を足すと分かるようにはなってるんですけど、小説の地の文が映画では上手く表現されてなかった──ということなんでしょうね。

 というわけで、傑作ではないけど普通に観られる映画ではあります。観るときは漫画と思って観るのがよろしいでしょう。アクション軽いけど、音が補ってるのでやはり劇場で見るのが吉。監督、たいした才能あるとは思えないが、俳優集められるだけでも完成させられるだけでも才能って言うし、そんなにくさすほどじゃないと思います。

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