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村上春樹、エルサレムでドン・キホーテになる。

 先日、作家の村上春樹さんがイスラエルにて小説の賞を獲ったので、授賞式に出たというニュースをTVでやってました。イスラエル最高の文学賞であるエルサレム賞というのは浅学な私は初耳で、村上春樹さんが受賞したというのも、式に出ることに反対意見があったというのもニュースを見て初めて知りました。まあ反対派がいることは容易に思いつきますが。

 ただ、上のリンクのニュースでも少し書かれているように、村上春樹さんが出た理由はどちらかといえばその場で意見を言うためだったようです。TVではただ反対意見であるくらいで内容はほぼ出なかったのですが、さすがネットでは色々意見があって原文も和訳も色々と出てました。和訳は共同通信でのものもあれば個人のものもあるので、細かいニュアンスが違う場合もありますが、まとめページが作られていたのでそこから適当なものを紹介してみます。

 今回後半で自分の意見がわかりにくい上に長いので、紹介するリンク先を見てご自分で判断してそこで終わるのが良いかもしれません。私の戯言(たわごと)はスルーして。

 ああ一応先に言っておきますが、私は村上春樹の本は古いもの(『パン屋再襲撃』等の頃)を確か二三冊ほど読んだことがあります。ありますが、正直内容を全く覚えてないので、春樹マニアというわけでも村上文学ファンというわけでもありません。文体に拒絶反応を示した覚えはないので、普通に読んだはず。

 まとめサイトのトップにあったのが、こちらのはてな匿名ダイアリーの記事『村上春樹: 常に卵の側に』です。個人の肩の和訳です。原文はイスラエルの「ハアレツ」という大衆紙(左寄りとか)に2/19付けで載った英文だそうです。Haruki Murakamiの記名入りですが、原稿をそのまま渡したのかな?。一方まとめページによれば、共同通信のはテープ起しだとか。

 しかし全文を読むと、明らかに壁と卵は隠喩(まあ分かりやすく実際の本文でもそう書いてるし)。なぜ壁と卵かといえば多分エルサレムの壁は当然として普通に障害としての壁とシステムの外側としてのWall、卵はハンプティダンプティとかにかけてるのかな。あと私は知りませんが、著書に掛けてると書いてる人もいますね。

 で、何が気になるかといえば、本文でご本人が暗喩であると書いてるにも関わらず、冒頭でリンクした朝日ドットコムの記事だけ見ると暗喩であるという意味がきわめてさらっと書かれた上に最後に直接的なイメージにすりかわってること。出す順序を逆にしたほうが意図をはっきりさせられたんじゃないかなーと。確かにあの文章の壁は分離壁のことも指してるけど、文脈からすればやはりシステムの意味が強いでしょうに。

 同様にハアレツ紙の原文に対するコメントがこちらのページでいくつか翻訳されてますけど(この最後のコメント訳には別に注が付けられている)、これまた文で暗喩であるしシステムの意味であると書いているのに、物凄く直球で前面に立つもの(被害者はともかく、戦車や戦車の中にいるイスラエル軍人)にしか当てはめてないコメントがあること。
 また、最初のコメントなんか小説が嘘かどうかなんて……そういう問題ではないのだがあえていえば、「嘘」という言葉に対する印象、意味合いがコメント主にはひとつしかないようなので、暗喩自体が通用しないことになり、結果村上の言いたいことは全く伝わっていない。

 私は村上春樹さんの文が悪文というほどとは思えないけど(そりゃもう私の悪文に比べれば)、それでもちょっと見方をひねったり、一部だけ抜粋した記事ではこれくらいしか伝わらない。これは日本人が書いた英文だからという問題ではなくて、結局文化が違い自らの文化が第一であって他の文化は全て間違っているという意識に囚われている、また読者の思考が見たいものだけ見るというスタンスに立っている以上、たとえ話は訳にたたないということですかね。たとえ話は、共通の情報がある場合には真理を分かりやすく伝える手段ではあるけど、本来共通であるという幻想に基づいたものなので極狭いネットワーク(社会基板とは限らず、知識や趣味等の精神的なつながりも含む)でしか通用しないもの。「つかみ」に使うのは構わないが、結論はしっかり届く言葉にしないと駄目、というのは政治家の仕事と似てるかも。文章書く人間ってのは時折そういうところ忘れるんだろうなぁ。今の一般的日本人なら、少なくとも壁ときてエルサレムの壁を思うことはあっても、戦車そのものや人の壁が一番に来る人は殆どいないと思います。戦争知らない社会になってるから。

 間違ったことは言っていない、としても。社会や文化が変われば間違ったことにもなる。今は世界中の殆どが通信でつながり、共通項も多くなってるから勘違いしやすいけど、食文化ですら異文化の壁を考えず、メンタリティもなんだそれというスタンスで語る場合が多い。ましてや直に戦争してない国の人間が言うことなんだから、戦争状態の国の人間が素直に聞くわけが無い。ただ、それでも、同じ人間として、少なくとも戦争があって戦争がなくなった国の人間としては間違ったことは言っていないと思う。

 原始的な正当防衛(日本の自衛隊みたいに撃たれたものしか撃ち返せない、なんて誤解を招く自衛権みたいな)という範疇を越えているこのシステムは、作ったはずの人間が従わざるを得ないものだけど、やはり止められるのは人間だけだろう。特に個々人のそれよりも遥かに悲惨な人死にを生み出している、イスラエルとパレスチナのこのシステムに異を唱えるのは、唱え続けるのは、日本の作家であろうがドイツの作家であろうがアメリカの作家であろうが至極当然であり、イスラエルのひともパレスチナのひともそういう考えを一度は持ったほうがよいのも未来を考えれば当然だと思いますけどね。だってシステムを盲信しちゃうと、結局は民族浄化みたいに相手が無くなるまで止まらないものだろうし。イスラエルが嫌われる原因は、そういうことに起因すると思います。ぶっちゃけ、ナ○スと同じことやってるだろと(あわわ)言われてた人いますけど、ある意味一面ではそう見えるもの。犯罪者を憎むとして、同じ意味で犯罪者の家族を憎むのは間違ってる(違う意味で憎むというのはアリかもしれないが)、そう考えるのはおかしいんですかね。どうも世界的には(いやお隣の国とか限定かもしらんけど)おかしいようですけど。

 個人的には、全く関係ないと思うなら完全に無視するのもアリかと思いますが、人としてスルーしづらいんですよね、ああいうの。じゃあお前来て楯になれと言われたら、現代日本人としてはスルーしますけど。そういう点では村上春樹さんは尊敬します。文章で食ってく以上は、ある種そういう命掛けることも考えなくてはならないんだろうなぁ(いや普通、記者などはともかく、大衆小説の作家さんがそうなるのは間違ってると思いますが)。


 つらつらと書いた、わかりにくい文章ですみません。
 日記がわりなのでお気になさらずに。
 後年読んで、ああヘンなこと書いてるなあと思うためのものが日記。です。

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