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『仮面ライダー 1971─1973』読了。第一部紹介。ネタバレ少し。

 2009/2/22、午前3時半過ぎに、読了いたしました。二三別のところ、というか和智正喜さんのブログのネタバレ感想スレッドに書き込んだあと、自分とこで感想を書くことにしました。

 第三部まで読み終えましたが、今回はできるだけネタバレの無い程度で、第一部を中心にストーリー以外の見どころを紹介するつもりで書いてみたいと思います。といっても固有名詞とか設定とか軽い粗筋とか全くネタバレ無しとは行きませんので、全くの情報遮断をしたいひとは読まないように。第二部以降はネタバレせずには書きにくいので、感想はまた次の機会に。

 『仮面ライダー 1971─1973』は、石ノ森章太郎原作の漫画、TV映画を原作とする小説です。『仮面ライダー』はTV用の企画で始まり、漫画は同時進行ながらそれほどTVに沿わず別のお話として作られました。毎週のTVとはスピードも対象年齢も多少違うので当然なのですが、中盤からはさらに違う話となっていて漫画独自の物語は今でも人気があります。

 この小説は基本的な要素は原作であるTVや漫画から取られていますが、完全なノベライズと言えるほど忠実ではありません。舞台が連載当時の1971年というのは、現代の本としては懐古的ではありますがリアルタイムで見ていた世代には感慨深いものがあるだけでなく、当時の社会情勢などがショッカーという組織と上手くマッチしていてヒーローものとして異彩を放っています。「シラケ」世代を経た現代を舞台にしては、ライダーの本質をすぐに捉えることは難しいでしょう。
 そういう点ではあまり現代の若者向けとは言いづらい面もあります。量的にはライトノベルと言えますけど、今のライトノベルの書き方に近いとはいえそのものというイメージでもありません。やはりそれなりにライダーを知っていてファンである人に向けられたもの。と言えます。もっとも社会情勢は書かれていますが、それほど当時の世相をはっきり描いているわけでもないので(貨幣価値が絡む話も特に書かれてない)、知らなくても本筋にからまず読めるとは思います。特に第一部は。第二部や第三部には多少社会情勢が入ってますが、本筋には関係ないです。

 かつて講談社マガジン・ノベルズ・スペシャルで第一部「1971」が第一巻、第二部「1972」が第二巻として発行されました。まずは第一部「誕生─1971」からご紹介。

 プロローグは1971年3月末、これは本郷とは絡まず、彼の物語の前になりますが各章の間のインターミッション(幕間)と共にひとつの流れとなって第一部エピローグにつながります。まあ読んでいくうちにおおよその人はすぐ予想できるでしょうが本編とは違う流れでありながら、タイトルにあわせて合流するわけです。既にある手法ですが、上手いです。比較しようにも記憶薄弱なのでこれといった例が出てきませんが。

 本編は第一章「本郷猛」から。第一部は基本「本郷猛」の物語です。第三部まで全て「『仮面ライダー』の物語」なので当然と思われるでしょうが、第一部は「誕生」というタイトル通りで、「仮面ライダー」となる「本郷猛」に特に重きを置いています。

 話は1971年4月3日から始まります。本郷猛は城南大学理学部、緑川研究室の研究助手。年齢は出てきませんが、助手になってるのだから当然卒業後で二十代半ばくらいということでしょう。憧れの先輩を乗せて(バイクでなく)中古車で箱根をドライブ中、謎の怪人に襲われ、拉致されます。

 登場時から会話を読めばすぐわかりますが、ファンにはすでに原作のTVや漫画とは似て非なる本郷猛という印象が植えつけられます。短いシーンですが上手い。お固い真面目な性格だけは同じように見えますが。
 その後あっと言う間に拉致されて改造手術、ある意味物凄くテンポがいいですが、そこもこの小説のいいところ。今までに描かれたことのない本郷猛のバックボーンが章、いやイベントごとに描かれていき、漫画版でさえろくに描かれなかった生身の本郷猛というキャラクターが読者に紹介されていきます。主題が「仮面ライダー」である以上、その成り立ちを描くならある意味重要なことで、元になった人間の背景は必要です。小説というスタイルはそこらへんが漫画や動画と比べるとじっくり書けるため、この「本郷猛」には効果的でした。もちろん生まれてずっと年代別にイベントを並べるという手法ではなく、重要な、今の本郷猛を作る根幹のところをスッと抜粋した感じと強烈なイメージだけをイベントにからめて描くというスタイルなので、退屈な寄り道ではありません。

 こうして改造されたわけですが、とある人物らの働きで脱出することに。ここらへんがまた上手い改変なのですが。脱出のあと初めての戦闘が開始されます。TVは忘れましたが、漫画では外に出ていきなり襲われるところは同じ。そのあと崖から転落したのち不意に現れたときはもう仮面を着けた姿で「仮面ライダー」を名乗ります(なんでいきなりと思ったのは私だけではないでしょう)。小説では襲われたときに仮面を着けるのは同じですが、そこの描写でもうTVや漫画を超えた改造人間の一端を見せてくれます。そしてその脅威の戦闘能力はショッカーの度肝すらぬき、ちょっとした伏線と言えるほどあとをひきます。実際は素早い数十秒のシーンですが、そこでもうファンとしては鮮烈なデビューとなるわけです。

 脱出した本郷ですが、当然元の生活には戻れません。ここからが最大の改変、小説オリジナルです。漫画ともTVとも全く違うストーリーが展開します。詳しくは省きますが、重要な人物との出逢い、ショッカーという組織を知り、改造されたことに惑い、初めて己の意思からの戦闘、ショッカーの罠から仮面ライダーの「誕生」、決戦を経て仮面ライダーとして「完成」となります(実際はまだ完成されてませんでした。それは第二部以降)。ちなみに脱出した本郷が気がついたのが5月1日、決戦はその少しあとで5月の何日か、エピローグは9月です。第一部は実質5月の話が主ですが、3月から9月の約半年の話ですね。

 ただこれだけ違うお話となりながら、誰がどう見ても『仮面ライダー』であると思えるのは、「仮面ライダー」の生まれ、その意義が原作者の描いたものに近しいからでしょう(あー、原作にあるフレーズ「大自然の勇者」というのは無いけど。どちらかといえばTVのライダーに近いかな)。
 本郷の育ちや仮面ライダーというメカニックを詳しく設定し描くことによってより説得力を持たせているというのも魅力のひとつですが、描かれる本郷猛が石ノ森が描いた漫画版「仮面ライダー」と大きく違わない印象を与えるのです。実際には大分違うんですが、読んでる最中は石ノ森の画がまさに文章になったように感じられましたし、ここにそのまま漫画のコマを挿絵に持ってきても違和感ないなあと思ったほど。

 これは文章の力でしょう。なんというかアクションも擬音はあまり使わず淡々と描きながら、躍動感があります。
 たとえば石ノ森の漫画では『サイボーグ009』のころから、独特な描写として高速で動くものの描き方があります。音が一切なく、殆ど同じポーズを一コマの内に少し重なるように連続するように描きます。スローモーションの画づらを再現したような感じで。スローモーションと書くとゆっくりした動きで遅い感じですが、そもそも高速度撮影でのスローモーションです。高速度カメラで物凄く速い動きの動物や虫を獲ると、再生時にはゆっくりした動画として再生されて細かい動きがわかります。それを再現したものでしょう。だから高速で動くサイボーグ以外のものは全く動かず、音はしません。別に超高速である加速装置が着いた009の動きだけでなく、仮面ライダーがジャンプするときなども、同じポーズの連なりを描いていたりもしました。あれでライダーの素早い動きを再現してるわけです。
 小説版の仮面ライダーの特色はその動きです。改造された身体は無論力も強く頑丈。ですが、仮面ライダーの強さはその力よりも速度で現されます。キーワードとして「風」はそもそも原作から「仮面ライダー」の力でありイメージですが、小説ではその「風」と一体化するというイメージを文章でより強く現しています。さほど長くはない文章ですが、一瞬の動作、本郷の描写が素晴らしい。
 たとえばベルトの風車「タイフーン」はライダーの要素のひとつで、漫画や初期のTVでも欠かせないものでしたが、小説ではより明確な能力とその意味を描きます。風こそがライダーに力を与えるというイメージだけのものを、具体的な機能を書き、そのアクションを能力にからませて書くことによってライダーに不可欠なものとして設定しました。この描写がまた素晴らしい。初期のTVや漫画版が好きなファンをも虜にするほどの設定と描写です。

 同じく愛車「サイクロン」も──登場は後半で決戦で初めて本格的に使用されますが、認識を新たにするほど改変されています。ライダーといえばバイク、なのですが、残念ながらTVでは実写がゆえにその能力を思ったほどは発揮することはできませんでした。後年『仮面ライダー クウガ』ではそのドライビングテクニックを敵怪人のバイクと絡ませてみせ、ファンの度肝を抜きましたが。
 漫画ではさすが二次元だけにただのジャンプとかでなくダイナミックな動きで見せてくれましたが、この小説はそれ以上。まさに人馬一体のライダー、風となった仮面ライダーを見せてくれます。数十年先のテクノロジーというショッカー謹製のマシンですが、未来を舞台にしたSFでしかありえないようなマシンを、縦横無尽にあやつる決戦は見応え十分。ここでもうファンの想いが爆発。そうそう、こんなライダーが見たかったんだよ!と思ったのは私だけではないでしょう。いや絶対。

 これら小説独自のライダーの設定が、仮面ライダーの域を出ず、さらに進化しながらも真の仮面ライダーの有り様をみせるのに役立ってくれます。「風」と「仮面ライダー」は一体。これほど素晴らしいイメージ合一はそう見たことないです。思えばヒーローの力の源って謎のエネルギーが殆どで、サイボーグ等でも原子力とか普通にエネルギー源としてしか存在価値はありませんが、戦闘のイメージ、存在のイメージと重なるエネルギー(いえライダーの動力は実際は電力が元なんですけど)としていろんな言葉のイメージを持つ「風」がこれほど描写として効果的に使われるとは。それを端的な言葉で、積み重ねるように描いていく描写で、印象的なシーンがいくつもあります。第一部のキモは「本郷猛」が「仮面ライダー」になるまでですが、同時に「本郷猛」が「風」になるまでの物語でもあります。


 さて第一部では「わりと」さらっと書かれる「ショッカー」ですが、こちらもこれまでのショッカーとは一味違います。「ショッカー」は世界征服を狙う悪の秘密組織でした。これまでは。小説版の「ショッカー」は世界の情勢を変える能力を持ち、既に世界を支配しているといえます。人知れず征服を終えているショッカーが改造人間を使い暗躍するのは、「仮面ライダー」を生み出したのは何故か、というのは第三部で答えが出ますけど、第一部ではその一義的な存在価値が描かれます。
 「ショッカー」は人類の守護者である。ライダーファンであるほど衝撃的な設定ですが、今から征服しようという悪の秘密結社ではないのですから、それもアリです。ではなぜライダーが敵対するのか、というのがその行為にあります。ショッカーは、「人類」という種を守るためには個人の自由や権利などは気にしません。たとえ数十人、数百人、数千人が死亡しようと、残虐な殺人をしようと「人類」が生き延びることが重要。そのための刺激として怪人の殺人も許容されるのです。人類の天敵という存在として。だから、「人間の自由」と「尊厳」を守るためにライダーが戦うのです。ただの悪の秘密組織ではなく社会に浸透し、どこにでもいる「ショッカー」はまさに知る人に恐怖を催させる存在感を持っています。また「ショッカー」の構成員だからとて極悪な、残虐な者とは限らないところも人間的でありすばらしい(しかし当然のように非人間的な一面ももつという複雑さ)。ショッカーには改造人間ばかりでなく人間のままの者も多いのですが、その代表とも言える科学と「博士」を崇拝する妙にひ弱な御子柴という科学者は面白いキャラクターです。

 第一部で知るライダーだけでなく敵も、原作とは似て非なるものです。小説版ではショッカーの改造人間は、基本二種類など(他に特殊な者もいます)に別れます。上位の「士官クラス」の改造人間は能力の制限を防ぐためロボトミー的な脳改造(洗脳)はしません。だから本郷猛もそもそも脳改造はされませんでした。選ばれるのは理知的な素材なので、ショッカーの意義に賛同するか、でなければ抹殺されるかです。下位の「兵隊クラス」戦闘員としての改造人間は脳改造もされて単純に使役される怪人となります。原作と違い大量に作られ、第一部の冒頭からファンに驚きを与えました。TVなどで出た一般的に画一的なスタイルの戦闘員も実質そういう改造人間なのですが、まともに出てくるのは第二部以降です。もちろんお馴染みの怪人たちも何体か出てきますが、TVや漫画どおりではありません。これがまた凝った改変を受けていて、原作を知っていると驚くこと請け合いです。

 しかし第一部での敵の見どころは、下位の改造人間ではなく、上位のさらに上、幹部たちにあります。原作でおなじみの幹部がコードネームはそのまま、イメージもちょっと拝借しつつ、かなりの変更が加えられて出てきます。このキャラクターがまた素晴らしい。第一部では特に「博士」と「大使」と「大佐」が出てきますが、それぞれ相当な改変が行われつつも、もとよりキャラクター(性格付け)の薄かった原作と比べて格段にキャラクターが立ってます。そのためかそれぞれに存在感のある名台詞が与えられ、敵ながら魅力のあるものとなっています。

 2001年当時にこの第一部にあたる第一巻が出て、 初めて読んだときには衝撃を受けて感動し、第四章のあるところでは本当に涙が出てきました。今回読み直したときも、やはり同じところで涙が滲みました。ヒーロー物ならよくあるシチュエーションなんですが、その構成、淡々と短い言葉でつづられる会話と本郷の心情に全身で同調したようです。同じようなことを体験したことはないのですが、それでも、本郷の後悔という面で何かしら動くものがあったのでしょう。何かを後悔したことがない人間なんていないし、文章に同調できれば自然と目頭が熱くなる名シーンだと思います。

 三部作になりましたが、正直この第一部は抜きんでています。ヒーロー物として最高傑作のひとつと言っていいでしょう。中でも第四章「仮面ライダー」は最高です。ちょっとお固いけど誠実な本郷猛、その苦悩と友の言葉は身に沁みます。たとえ同じ設定でも他の人が違う文章で書いたなら、ここまで感動したかわかりません。和智正喜という作家がこれを書いたのは、まさに僥倖。その巡り合わせに感謝です。まあ第二巻で打ち切った編集部には、ちょっと何か言いたいところではありますが。

 紹介とも説明とも感想ともつかない文章になりましたが、長くなりすぎたので今回はここまで。

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コメント

・・・ここのところ、ごぶさたしています。
海です。・・・元気です(笑)

・・・・・・やっと、やぁ~~っと入手できました。
本屋に頼んだら「在庫がなくて保留中」とのこと、んじゃダメモトで密林で・・・・・・あるじゃんよーーー。

この際代引きや手数料掛かってもかまわん!ということでのいきさつでした。

・・・・・・なかなかコザルやら家の事やら(長男小学校入学準備)で仕事から帰っても読めない始末orz
・・・亀の歩みのごとくちょこちょこと読んで・・・・・CB750(アレですね(笑))を「ハヤト」から受け取ったところまでです。

・・・・・・しかし、濃いですねぇ。読み始めちゃうとページが進む、進むw・・・・・・二、三回呼ばれても気がつかないほど夢中になります(笑)

もう少し読み進んでからいつものbbsに描こうかなと思っていますが、まずはこちらにコメしてからと思いご報告兼ねてお邪魔しました。

blog拝見してこれからが更に面白くなっていくんだな・・・と、楽しみにしつつ読んでいこうと思います。

投稿: 海(うみ)  | 2009/03/23 09:17

 海さん、こんにちは。
 ご購入おめでとうございます。

 Amazonは一度の勘定で1,500円以上の買い物をすると送料は無料ですよ。他のネット販売店も大体いくらか以上なら送料無料というところは多いです(Amazonの1,500円が一番安いと思いますけど)
 私は本なども多少足りなければ数冊まとめて買っていますが、今回の『仮面ライダー』は一冊で十分でした。まあ行きつけのお店があるならそちらで頼むのもいいと思います。

 どこまで読んでらっしゃるかは知りませんが、じっくりお楽しみください。ああでも途中で途切れ途切れ読むのはつらいかなぁ。

投稿: やずみ | 2009/03/24 20:43

・・・本日完全読了~~~!

毎日毎日、早起きしてちょこちょこ読み進んで本日完了となりました。まさに「継続は力なり」!(違

・・・内容について色々お話ししたいのですが・・・ネタバレ全開(笑)になるでしょうから・・・・・・改めて別の場で・・・。

結論をいいますと・・・漠然とした「正義の味方」「悪の組織」
各々には立場があって、理念があって、その上で衝突して、決してただ互いの「憎悪」のみとかではなく、非常に共感できて納得することができました。

・・・しかし、読んでる最中映像が鮮明に浮かぶのは・・・その年代だからかしら?(笑)

投稿: 海(うみ)  | 2009/04/04 10:35

>・・・しかし、読んでる最中映像が鮮明に浮かぶのは・・・その年代だからかしら?(笑)

 だと思います(笑)
 おそらく最初の仮面ライダー、または漫画版を読み込んだ人でないと、映像としてあの姿が脳内で動くとこまではいかないのでは。あとは声とか。私は映像は漫画っぽかったり旧1号だったり一瞬THE FIRSTだったりしましたが、声は一貫して若き藤岡弘氏のものでした。

 まあそういうイメージが本当に出てこないかは、知識だけはある平成ライダーのファンの方に聞かないとわかりませんけどね。知識も無ければ当然出ませんが、知識あってもクウガや、もしかしてBLACKの映像が浮かぶひとがいるかもしれないし。

投稿: やずみ | 2009/04/06 04:20

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