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田中路子という明治生まれの女性が欧羅巴にいた。

 田中路子、またの名をFrau De Kowa(デ・コーヴァ夫人)。
 ネットでふと見かけたお名前に聞き覚えがなかったので検索したところ、なかなか豪胆というか凄い人だったようです。

 高名な日本画家田中頼璋の娘として1909年浅草に生まれ、オペレッタや映画界で活躍した恋多き女。身分違いの恋から目を覚まさせるためにオーストリアはウィーンに留学させられたもののあちらでも自由奔放、18歳で36歳年上のコーヒー王ユリウス・マインルの求婚を受け結婚したのち、歌手として花開き夫の許しを得て恋に生き、二度目の結婚相手、当時ドイツの国民的俳優だったヴィクトール・デ・コーヴァと出会って、前夫と円満な離婚。そして彼が父代わりのような立場で再婚に立ち会い、その後は歌手と俳優生活とともに私設領事館のごとき家庭を持ち、留学生らを積極的に支援したという。

 ちなみに1909年で検索すると、女優でいえばあの田中絹代さんや杉村春子さんと同い年。松本清張や大岡昌平も同じ年でした。

 田中路子さんについては詳しくは、グーグル検索のトップに出たページ『擬藤岡屋日記』さんのところの、新潮文庫刊・角田房子著 「ミチコ・タナカ 男たちへの讃歌」という古本についての記事を参照のこと。著者の角田さんは1914年生まれで第二次大戦前に路子さんのいたパリへ留学したのち帰国した人。当時は知り合ってはいなかったものの、戦後作家になってから縁があって本を書くことになったようです。

 1982年ころの本なので既に新刊では読めませんが、先の記事で擬藤岡屋日記さんが内容を紹介されています。記事自体は4年前のものですが全6回と長く、実体験の又聞きされた方のコメントもあってなかなか楽しめますので御覧あれ。

 八千草薫さんが主演した1955年の日伊合作映画『蝶々夫人』。私はまだ観たことありませんが、そこで田中さんは蝶々夫人付の女中スズキという脇役を演じてもいます。gooによると田中さんが出演した映画はこれと『花のいのちを』の二本だけ、主演はありませんが、ただの脇役よりはもう少し重要な役のスズキは評判良かったようです。八千草薫さんは流石に歌は吹き替えだったようですが、やはり若いころのすばらしい美少女ぶりが評判よいようですね。


 うん、この本は古本屋に行ったらチェックしておこう。
 

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