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世界の名作アニメ『雪の女王 新訳版』

 前回に引き続き、美術館ホールの夏の恒例アニメ上映会から。

 『ペルセポリス』の前に、『雪の女王 新訳版』を上映。1957年ソビエト連邦(現ロシア)。いやこれちゃんと見たかったのですよ。スクリーンで見られるとは思わなかったので、実にうれしい。DVDで見なくて良かった。しかも今回のジブリ版は元祖のロシア語版だそうで、英語版からの日本語吹き替え版とは音楽も違っているとか。

 流石に色設定やらキャラクターの絵柄などは古く(色合いは現色が多かったり肌がわりと色黒だったり。しかし色自体はニュープリントなのか、ジブリのサイトのトレーラーより綺麗に感じた)、キャラの動きはディズニーと同様に滑るように動くけれどある意味誇張が過ぎて非現実的な動作もあったり(なんといいますか、笑うときの手の動作などが波のようで骨や関節をどこか無視した動き)。まあ初っぱなに出る狂言回しの魔法使い(小人)がそういうものだからげんなりはしたものの、ゲルダや山賊の娘はそれほどでもないし、劇中での動物の動きは逆に躍動感が出ていて良かった(特にゲルダを乗せるシカ──と字幕には出るが、大きいいしトナカイ?)。鳥などは構図もあってか『王様と鳥』の圧勝。

 宮崎駿が絶賛するゲルダと山賊の娘のシーン、個人的にはもう少し丁寧な書き方かと思ったら案外あっさりしていてこれではなぜ山賊の娘が改心したかが子供には分かりにくいだろうなと思った。宮崎さんは大人になって見たからわかることであって、子供は単純に「カイを探しにいかせて」ってゲルダが泣いてるだけで放してあげただけにしか見えないんじゃ(これこれしかじかってカイに対する思いや状況を山賊の娘に説明をしたそぶりがない)。そのため捉えていた動物を放して泣く娘や結局戻る動物たちの優しさというすばらしいシーンと、ゲルダの何から改心したかが繋がりにくい。山賊の娘自体の描き方がすばらしいのは先の捉えた動物とのシーンを見ると疑いようもないし、日本アニメなら何か二三の台詞を入れるところだろうが、ここらへんは演出方法の違いだろうから割愛。

 印象的なのは、個人的にはやはり雪の女王。そもそもカイの不用意な言葉に怒ったわけだが(家に来たら暖炉の前で溶かしてやる)、そりゃ神様(じゃないけど昔話では大抵)怒るのが普通。氷のかけらが目にささり心が凍って意地悪になったカイのところに人間に化けてやってくると、なぜかソリに乗せてさらっていくんですが、どこか母性を感じるシーンがある。ソリの中でカイの頬にキスをすると寒いというので、冷たいキスは止めておきましょうと言うけれど、どこか愛おしそうに大事に抱いていく。氷の城でも、愛や喜びは無駄だとか必要ないとカイに教えようとするのだが、そのわりにカイがそのとおりだというと誇らしげだったり、ゲルダの名前だけは忘れてなかったのにムッとするけれどそのうち忘れるからと案外寛容だったり。そもそもという愛を求めるような言葉は嫌いなようだけど、自然的な氷よりダイヤモンドカットの氷のほうが美しいと凍りかけた心を持つカイが飾るようになってるのを見ると、女王も上辺だけの愛とかが嫌いなだけで、その本質、それに対する想いのすばらしさは知っているんじゃないかとも思える。
 ラスト前、ついに捨て身で氷の城に着いたゲルダが、カイの目に入った氷のかけらを取り去りカイを取り戻すところ。逃げようとする二人の前に雪の女王が現れるが、険しい顔をしているものの何も言わず何もせず、カイをかばうゲルダの前から氷の城とともにまるで幻であったかのように消えていく。後にはなにもない氷の平原に、ただ二人立っているだけ。よくゲルダとカイの愛情になにもできずに去るという風に紹介されるけれど、なぜ何もできないのかということはそれ以上は書かれない。なにせ出てはくるけどあとは本当に消えていくだけなので、映像からはそれを示す演出がない。何もできないということは、女王自身の愛情がゲルダのそれには適わないと思うからでは。ならば自分がカイに対して持つものを自覚していないわけはないし、険しい顔のままだったのはカイとゲルダのそれをすばらしいものと認めたからではなかろうかと。もしやさしい顔で消えたら何もかも知っていて試すという神様的思考だろうが、そうではない。恐ろしい顔で消えていたら、愛情というものにはっきり嫌悪感を持っていたか実際に憎しみを持っているか、はたまた手を出したくても本当に手を出せなかったのだろうが、そういう風にも見えない。かといって単純に哀しいわけでもなく、孤高のひと?として消えていくところがいろいろと考えさせてくれるのかも。そういう女王の、製作されて50年を過ぎてもなお時間を超える美しさが、やはりこの作品をひきたてていると思う。

 そうして、ゲルダが旅の間に助けられた人のもとを順に戻っていく二人。みなが祝福する中、山賊の娘が馬車で二人を送っていくところがまたいい。その後あの娘がどうしたか気にならなくもないが(また山賊に戻るのか)、子供の気持ちで想像するに動物のいる山には戻るけど、山賊は止めたんじゃないかなぁ。


 ジブリのサイトのエッセイなどによれば、やはり原作とは相当違うようですが、ある程度の本質は描かれてると思われます(原作の内容よく覚えてません)。二年ほど前NHKでTVシリーズ化され、時間が長い分わりと原作に忠実な展開で原作のただの童話でない部分は描かれていましたが(全部しっかり見たわけではありません)、TVオリジナルのキャラクターがいたり女王側の展開も書かれていたので、じっくり書かれたTVシリーズのほうが良いとも言えませんしね。
 ただこの映画は現代の目で見て大絶賛し神話(ジブリのサイトにはこうある)と呼ぶには少し違う気もします。演出自体はやはり古くさかったりしますし、人によっては途中が特に退屈かもしれません。それでももしスクリーンで見る機会があるならば、一度は見ておいたほうが良いと思います。

 次こそ『ペルセポリス』。

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