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世界の名作アニメ『ペルセポリス』

 美術館ホールの夏のアニメ上映会、二日目の三本目がこのタイトル。

 『ペルセポリス』 2007年フランス。

 ペルセポリスとは現在のイランにあった古代ペルシアの都。今は遺跡が残ってます。タイトルに使われていますが、直接ペルセポリスに絡むお話ではありません。話が進めばわかりますが、隠喩でしょう。

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恐るべしEA。シャレにならんアメリカンジョーク。

 ソースはBOGARD La+さんとこのリンクから。

 Electoronic Arts社が出している「TIger Woods PGA Tour 08」というXbox360のゴルフゲームで、水の上(はっきりしないけど池かな)に落ちたボールをタイガーが水面上に乗って打つというバグがあったそうです。その動画を撮ってYoutubeに投稿した人がいたそうです。動画見るとわかりますが、タイガーもボールもまんま水上で、普通に打ったあと(しかもちゃんとカップイン)ポーズを決めて普通に歩きだすという誰がどうみてもバグ。水面を歩いたということから名付けて「ジーザスショット」。イエス・キリストが水面を歩いたという聖書の話から取ったものです(『聖☆おにいさん』でもネタにされてます。船酔いしやすいので切れた結果だって風に)。

 でまあこれだけならよくあるネタ動画で皆でゲームをアホかと失笑して終わりなんですが、あろうことか製作側のEAが反論動画を作ってYoutubeに上げたため、爆笑ネタに昇華しました。ビデオレスポンスという、普通動画にテキストでコメントを付けられますが、その替わりにビデオをコメントのように付けられる機能があるそうで、それで元動画に付けたらしいです。その二つを編集して多少訳を付けてニコニコ動画に上げた人がいます。単体で見るよりも笑えますので、コメント付きで笑えるニコニコ版でどうぞ。

 ニコニコが見られない方ははてなダイアリー経由で

 タイガー・ウッズ、凄すぎ(笑)

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PSP三代目は凄い?

 しばらく前から噂になっていたPSPの三代目、どうやら最近話題になった写真が本当だったようでSONYから正式発表されました

 型番は順当にPSP-3000。機能は2000から言うとマイクが内臓されて多少横の形状が丸みを帯びたくらいなんですが、何が凄いって液晶が異常にレベルアップしてます(噂というか希望的憶測のタッチスクリーンは採用されませんでしたが、内容を聞いて採用されなくても十分と思いました)。PSP-2000と比較して、

 コントラストがなんと5倍!(いきなり5倍ですよ。安物液晶からパイオニアのKUROに変えるようなもの。今までの液晶なんだったのってレベルだ)
 応答速度が2倍!(これも地味に凄い。PSPは速度の速いアクション多いけど、結構画が流れるんですよね。まあ爆発などのエフェクトは案外いい感じに見えるんですが、しかし前が酷すぎたからなぁ。倍速駆動にでもした?)
 u'v'色度図によるNTSC比で2倍!(ってよくわからないので検索してみたところ、よく液晶モニタ等の色範囲を比較するさいに使われる三角形と同種のものでした)ってどこが2倍かわからないけど、NTSC比でこれほど差がつくモニタなんて今はそう見ないのにシャレにならんぞ。まあこれも前の液晶が低すぎたのかもしれないが。
 最後に、表面の反射を抑えて屋外でも見やすくした(これはあとでリンク張ってますが、本当に凄い)。

 なおこの液晶の詳細は「engadget日本版」の記事でしか見てないので真偽は不明。先に書いたように前の液晶がさほどではなかったということなのかもしれませんが、うちのPSP-1000、そんなに発色とか悪いと思わないんだけどなぁ(コントラストは確かに狭いかも)。初期版なので、PSP-2000でレベルダウンした……ってわけでもないと思いますが、いずれにしろ携帯機では最高レベルになるということです。一番ありがたいのが表面の反射率がかなり下がることでしょうか。PSP、外はもちろん室内でも照明光が入るし、自分の顔とかよく映るんですよね(苦笑)。色とか深くなる上に反射光がないとなればこれはもう期待大です。

 ……という記事を書いてるうちに新しいニュースが。ファミ通ドットコムで「PSP-3000、イチ早く触ってみました!」というのですが……これがもう物凄い写真。なんですか、この差は。発色、反射、これだけ違うと買い換える人も多そうだなぁ。余裕ができたら私も買い足したいです。PSPは大きく綺麗な液晶が魅力的でゲームもムービー見るのも楽しかったのですが、そういう人には今度のバージョンは抗いがたい魅力があります。ゲーマーにはあの残像が減るってのも重要だし(笑)

 あと地味にTVに繋ぐ機能もレベルアップしていて、ゲームを専用ケーブルでインターレスTVにも繋げるそうです(2000ではプログレッシブ専用だったんですね)。しかし下手な液晶や安いTVで見るくらいならPSP-3000のまま見た方がいいんじゃなかろうかとも思えるのですが。

 発売は今年の10月とのこと。来年あたりには買っちゃいそうです。

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世界の名作アニメ『雪の女王 新訳版』

 前回に引き続き、美術館ホールの夏の恒例アニメ上映会から。

 『ペルセポリス』の前に、『雪の女王 新訳版』を上映。1957年ソビエト連邦(現ロシア)。いやこれちゃんと見たかったのですよ。スクリーンで見られるとは思わなかったので、実にうれしい。DVDで見なくて良かった。しかも今回のジブリ版は元祖のロシア語版だそうで、英語版からの日本語吹き替え版とは音楽も違っているとか。

 流石に色設定やらキャラクターの絵柄などは古く(色合いは現色が多かったり肌がわりと色黒だったり。しかし色自体はニュープリントなのか、ジブリのサイトのトレーラーより綺麗に感じた)、キャラの動きはディズニーと同様に滑るように動くけれどある意味誇張が過ぎて非現実的な動作もあったり(なんといいますか、笑うときの手の動作などが波のようで骨や関節をどこか無視した動き)。まあ初っぱなに出る狂言回しの魔法使い(小人)がそういうものだからげんなりはしたものの、ゲルダや山賊の娘はそれほどでもないし、劇中での動物の動きは逆に躍動感が出ていて良かった(特にゲルダを乗せるシカ──と字幕には出るが、大きいいしトナカイ?)。鳥などは構図もあってか『王様と鳥』の圧勝。

 宮崎駿が絶賛するゲルダと山賊の娘のシーン、個人的にはもう少し丁寧な書き方かと思ったら案外あっさりしていてこれではなぜ山賊の娘が改心したかが子供には分かりにくいだろうなと思った。宮崎さんは大人になって見たからわかることであって、子供は単純に「カイを探しにいかせて」ってゲルダが泣いてるだけで放してあげただけにしか見えないんじゃ(これこれしかじかってカイに対する思いや状況を山賊の娘に説明をしたそぶりがない)。そのため捉えていた動物を放して泣く娘や結局戻る動物たちの優しさというすばらしいシーンと、ゲルダの何から改心したかが繋がりにくい。山賊の娘自体の描き方がすばらしいのは先の捉えた動物とのシーンを見ると疑いようもないし、日本アニメなら何か二三の台詞を入れるところだろうが、ここらへんは演出方法の違いだろうから割愛。

 印象的なのは、個人的にはやはり雪の女王。そもそもカイの不用意な言葉に怒ったわけだが(家に来たら暖炉の前で溶かしてやる)、そりゃ神様(じゃないけど昔話では大抵)怒るのが普通。氷のかけらが目にささり心が凍って意地悪になったカイのところに人間に化けてやってくると、なぜかソリに乗せてさらっていくんですが、どこか母性を感じるシーンがある。ソリの中でカイの頬にキスをすると寒いというので、冷たいキスは止めておきましょうと言うけれど、どこか愛おしそうに大事に抱いていく。氷の城でも、愛や喜びは無駄だとか必要ないとカイに教えようとするのだが、そのわりにカイがそのとおりだというと誇らしげだったり、ゲルダの名前だけは忘れてなかったのにムッとするけれどそのうち忘れるからと案外寛容だったり。そもそもという愛を求めるような言葉は嫌いなようだけど、自然的な氷よりダイヤモンドカットの氷のほうが美しいと凍りかけた心を持つカイが飾るようになってるのを見ると、女王も上辺だけの愛とかが嫌いなだけで、その本質、それに対する想いのすばらしさは知っているんじゃないかとも思える。
 ラスト前、ついに捨て身で氷の城に着いたゲルダが、カイの目に入った氷のかけらを取り去りカイを取り戻すところ。逃げようとする二人の前に雪の女王が現れるが、険しい顔をしているものの何も言わず何もせず、カイをかばうゲルダの前から氷の城とともにまるで幻であったかのように消えていく。後にはなにもない氷の平原に、ただ二人立っているだけ。よくゲルダとカイの愛情になにもできずに去るという風に紹介されるけれど、なぜ何もできないのかということはそれ以上は書かれない。なにせ出てはくるけどあとは本当に消えていくだけなので、映像からはそれを示す演出がない。何もできないということは、女王自身の愛情がゲルダのそれには適わないと思うからでは。ならば自分がカイに対して持つものを自覚していないわけはないし、険しい顔のままだったのはカイとゲルダのそれをすばらしいものと認めたからではなかろうかと。もしやさしい顔で消えたら何もかも知っていて試すという神様的思考だろうが、そうではない。恐ろしい顔で消えていたら、愛情というものにはっきり嫌悪感を持っていたか実際に憎しみを持っているか、はたまた手を出したくても本当に手を出せなかったのだろうが、そういう風にも見えない。かといって単純に哀しいわけでもなく、孤高のひと?として消えていくところがいろいろと考えさせてくれるのかも。そういう女王の、製作されて50年を過ぎてもなお時間を超える美しさが、やはりこの作品をひきたてていると思う。

 そうして、ゲルダが旅の間に助けられた人のもとを順に戻っていく二人。みなが祝福する中、山賊の娘が馬車で二人を送っていくところがまたいい。その後あの娘がどうしたか気にならなくもないが(また山賊に戻るのか)、子供の気持ちで想像するに動物のいる山には戻るけど、山賊は止めたんじゃないかなぁ。


 ジブリのサイトのエッセイなどによれば、やはり原作とは相当違うようですが、ある程度の本質は描かれてると思われます(原作の内容よく覚えてません)。二年ほど前NHKでTVシリーズ化され、時間が長い分わりと原作に忠実な展開で原作のただの童話でない部分は描かれていましたが(全部しっかり見たわけではありません)、TVオリジナルのキャラクターがいたり女王側の展開も書かれていたので、じっくり書かれたTVシリーズのほうが良いとも言えませんしね。
 ただこの映画は現代の目で見て大絶賛し神話(ジブリのサイトにはこうある)と呼ぶには少し違う気もします。演出自体はやはり古くさかったりしますし、人によっては途中が特に退屈かもしれません。それでももしスクリーンで見る機会があるならば、一度は見ておいたほうが良いと思います。

 次こそ『ペルセポリス』。

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世界の名作アニメ『アズールとアスマール』

 毎夏の行事、美術館ホールでのアニメ上映会に行ってきました。
 去年は二日とも行きましたが、今年は二日目だけ。一日目は『パンダコパンダ』等日本のアニメが主。ポーランドのモデルアニメーション『おやすみ、クマちゃん』は見てみたかったけれど。
 二日目のラインナップは『アズールとアスマール』『雪の女王 新訳版』『ペルセポリス』『TOKYO LOOP』でした。最高傑作は『ペルセポリス』、アニメーションとしての芸術性や物語としては『アズールとアスマール』がすばらしく、『雪の女王』は古典名作として良かったです。『TOKYO LOOP』は数人の作家の実験映画的な短編を集めたものですが、その性格上どうしても退屈な面もあり、魅力的なメンバーがいたにも関わらず気がつくと居眠りしてて見たい人のものを見逃してしまいました。最後だったので疲れてたのもあるけど、『ペルセポリス』がシンプルな絵柄とわりと重い主題でありながら魅力的で居眠りする間もなかったことを考えると、やっぱり実験映画は実験映画で続けて見るもんじゃないなぁと思います。

 一本目『アズールとアスマール』。2006年フランス。『キリクと魔女』の監督ミッシェル・オスロの最新作で、三鷹の森ジブリ美術館ライブラリーの一つ。日本語版の訳や演出を高畑勲が手がけてます。『キリクと魔女』は前にTV放映されたもののまだ見ておらず、これが初オスロ作品。テーマとしては美しき異文化と和解と融合といった感じ。
 中世ヨーロッパとアラビアが舞台。ヨーロッパの領主の息子アズールとその乳母であるアラビア女性のジェナヌの息子アスマール。方や青い目に金髪、方や黒い目に黒い髪を持ち、兄弟のように育った二人は、大きくなるに連れ立場の違いからよく張り合ってケンカもするが、困ったときは助け合う。母がおらず厳しい父だけのアズールは乳母によく懐き母と慕う。二人は母の子守歌(アラビアの歌)に出てくるジンの妖精(ヨーロッパではエルフの妖精とも呼ばれるという)の話が好きだった。とらわれのジンの妖精を助け出し結婚することを夢見る二人。しかし乳母の子と同様に遊ぶアズールをよく思わない父は、ある日彼を街の学者の元で寄宿させることにし、その間に乳母とその息子を追い出してしまう。
 青年となり帰ってきたアズールは、父の反対を振り切り幼いころからの夢であるジンの妖精を助ける冒険に出発する。しかし海で難破した彼がたどり着いた乳母の土地では、貧しい者たちからその青い目が不吉だと石もて追われ、もう醜いものを見たくないと盲人のふりをすることに。途中、口の上手い昔ヨーロッパから来たという物乞いクラプーと出会う。彼の勧めるまま彼を目としてガイドとして、彼を肩にかつぎながら一緒に旅を続けるアズールは、目に頼らないことによりジンの妖精を助ける三つの鍵のうち二つを手に入れる。
 そうして彼の案内で街についたアズールは、懐かしい乳母の声を耳にする。乳母ジェナヌは国に帰り、女ながら二つの国の言葉を使って大商人となっていた。見すぼらしいアズールを信じないジェナヌだが、見開いたその青い目と懐かしい子守歌に、息子が帰って来たと驚喜する。しかしアスマールは無一文で追い出された記憶から、アズールを拒絶しヨーロッパの言葉は話さない。彼が翌朝ジンの妖精探しに出発すると聞いたアズールは、ジェナヌに自分もそのために来たと言い、助言を受ける。
 助言に従い王女や賢者にヒントやアイテムをもらって、助けてくれたクラプーを従者として出発するアズール。同様にヒントをもらっているアスマール一行と途中までは一緒に行くものの、彼は先に行ってしまう。先を急ぐ二人はそれぞれ危険に出会いそれを乗り越えていくが……。

 まず、非情に美しい映像。シャープなラインながら手書きの味わいもあるブラシ塗りで(フランスのアニメらしいが)、3Dながら2Dアニメのようにも見える。トゥーンシェーディグではないところがいい。キャラの綺麗すぎる回り込み、ゆがまない骨格と背景の建物から3Dだとわかるが、ずっと見ていても違和感が大きくならないのは凄い。カメラワーク、構成が上手いんだろう。逆に市場のシーンなどで多重セルや切り絵アニメのように立体感もあって良かった。3Dアニメらしい素早く正確でコミカルな動きの演技もとあるキャラにあるが、そのキャラだけなので性格的に際立っていてすばらしい。誰かというとシャムスサバ姫。王宮深くに幽閉されている王女で、この国の未来と呼ばれている。初登場シーンから、ああこれか、いかにもジブリが好きそうなキャラだなあと思いつつ、台詞も良くてラストまですばらしい演技をしてくれる(日本語では子役が声を当てているが、それも的確)。

 姫や物乞いクラプーは、ある意味優等生な主人公アズールよりも人間的魅力にあふれ、コミカルで憎めない性格で物語をもり立てる。もしこの二人がいなければ、もっと味気ない普通の童話であったかもしれないので、そこはダイアログ(というかシナリオも含めてオスロ監督なわけだが)の力、翻訳と声優の演技の力だろう。クラプー役は香川照之だが、さすがの演技力で最初声聞いたときはわからなかった(しゃがれ声なんです)。余談だが、彼含めて声を当てたのは最近のジブリらしくほとんど声優専門ではないけれどどれも違和感なく、しかもアラビア語まで声優がしゃべってたというのには驚いた(アラビア人の脇役はそのままだろうけど)。──日本語版ではフランス語の部分を日本語にしているが、アラビア語の部分はそのままアラビア語で話している。これによりアズール側の視聴者からは舞台が異国であるというイメージを崩さずにいるのだろう(アズールは幼いころに乳母の言葉を覚えているのでいくらかは話せる設定だが、視聴者には字幕も出ないためその表情と口調で推測される程度しかわからない)。

 ジンの妖精はなんというか妖精の王女といった雰囲気であまり超常のひとという感じではなく、むしろ人間的魅力──これも台詞からくるものだ──を持つ美しい女性(設定はわからないが、性格や容姿などは監督の創作)。そのいとこも出てくるが、こちらも同様。姫やクラプーも含めての彼らのラストの大団円はすばらしく、童話の王道ではあるが今風(日本風?)な人物造形で──妖精でも人間のように困るし愛らしく意見を述べる──ちょっとカッコつけてるアズールらよりも彼女らの幸せを願ってしまう。シャムスサバ姫とは心底仲良しになれそうだし。普通の妖精自体は羽根の生えた小人で顔も含めて童話的。コミカルな演技が微笑ましく、いたずら好きなヨーロッパ系ではない。妖精たちやその居城を見ていると、どこか日本の影絵の巨匠藤城清治に通ずるイメージがある。色合いと3Dのまっすぐなラインがそう思わせるのかも。

 DVDが出てますが、子供と一緒に見るのにはかなりお薦めです。別に一人でもおもしろいですけど。あまりに日本人受けしそうな作りが不思議でしたが、『キリクと魔女』のサイトの監督のコメント見ると、日本美術等にも興味があって来日して墨絵習ったとか、高畑勲を尊敬してたとか、なるほどなぁと。
 個人的には差別と融和のテーマはテーマとして、寓話として見た方がよいかな。子供にはテーマはわかりやすいと思うけれど、実際の差別の例として登場する青い目の迷信や身分差別は現代的ではなく童話の舞台設定でしか受け取れないだろうし。大切なことだし、見方を変えることを知ることこそ重要だろうけど、現実にはそう簡単にはいかないのは『ペルセポリス』を見るとよくわかる。順番としてこちらが先であちらが後なのは実に良かった。


 次回はその『ペルセポリス』について。

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花火。

 先日うちの地方のお祭りがあって、その次の日の昨日、水曜日は恒例の花火大会でした。
 なにせ人込みが凄いので某二級河川の川べりの会場には小学生のころに行ったのが最後。中学からは実家の三階から見えるので部屋で見てましたが、十年ほど前に二軒隣が建て直して三階建てにしたためほとんど見えなくなってそれっきり。

 それが昨日、ポンポン音がしてたので、始まったなぁとベランダに出てみると、少し雨が降ってる中、屋根の向こうが赤や白に光ってデカい花火の頭だけ見えてました。会場までは直線で大体2kmほど(音と光の差からおおよそ計ると)。そうこうしてると、屋根と少し向こうの小山の隙間から、なんと大きめの花火が打ち上がってるじゃありませんか。いつのまにか知りませんが打ち上げ場所が東寄りにもう一つ出来てたようで、大きめのものなら邪魔されずに見られるようになってました。去年は中止したので、二年かそれ以前か、はたまた今年からなのかわかりませんが驚きました。
 急いで部屋に取って返し、デジカメA200と1.5倍テレコンと三脚をセットして再び外へ。ひさしの下で濡れないようにしてカメラ構えましたが、どうも東の打ち上げは1/5あるかないか。結局2時間のうち6回ほどで、撮影したのは内5回、しかも一度に四五発上がるのに、撮れるのはせいぜい一発のみで結局花火撮れたのは4回ほどでした。

 で、PCで見たところ……どれもこれもダメダメ。何せ花火の写し方なんか今まで見たこともなく、全く知りません。AFは暗いと遅いしもとより真っ暗けでは当てにならんだろうことはわかってたので、MFで無限にセットしておいたもののどれもピンボケのようです。テレコンでMF無限なんてしたことなかったので何か設定間違えたのか、シャッタースピードが短すぎたのかなんなのかわかりませんが(あとで見た花火の撮り方からすると、絞り開放のせいかもしれない)、とにかく今年の花火撮影は大失敗だったのは間違いありません。
Pict4445_r1
 とりあえずマシなのを一枚。1/4とわりと長めのSSだったので少しだけ尾を引いてますが、なんか短いラーメンみたいだぞ。花火の右が妙に白っぽいのは煙です。300mm相当(35mmフィルム換算)、SS1/4、ISO100、F3.5開放。流れる糸のような花火撮りたいなら、ISOは最低の50で、SSは4~8秒程度、絞りはもっと絞ってもよいらしいです。


 しかし今回とりあえず自宅から見られる打ち上げ花火があることが判明したわけで、来年こそは花火撮ってやろうと心に決めました。もっともこの手のは簡単に試し撮りするわけにもいかないので、来年もどうなることやら(地元の花火大会はこれだけ)。

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四度目のしょうじき……?

 12日(火)、四度目となると最早ベテランの域に達したかのように、何の不安もなく体外衝撃波結石破砕術を受けに行って参りました。もはや痛み止めでよく寝るために行ってるかのようなもんです。ええもちろん、毎度のごとくよく効いて帰宅後はぐっすり、次の日もよく寝入りました。まあ一応初回ほど酷くはなかったので、目を開けようとしているとかなり開けられるようにはなってましたが、気を緩めるとすうーっとなりそうなのは同じ。まったくよく効く痛み止めです。これまでこんなことはなく、痛み止めの量のせいか肩に打つせいかわからないけど、もうないかもしれないのがちょっと残念だったり……。

 いや無いと決まったわけではないのですが。術後のレントゲンで石に少しヒビ入ってるんじゃないかとも見られたので、一週間後にもう一度レントゲン撮って確認だそうです。前回みたいなもやってるわけじゃないのでホントに割れてるのかもしれないけど、楽観視はできません。そんなヒビなんてレントゲンではっきり出るものかという疑問が(真ん中あたりに黒い横線が入ってる)。で、やっぱり変わってなかったとなると、今度こそ尿道カテーテル、もとい内視鏡手術かなぁ。もし本当に割れかけなら、もう一度体外衝撃波結石破砕術やるかもしれないけど、まず内視鏡な気もする。
 なんか長いこと放っておいてると組織にくるまってしまうという話もあるとか、術前に医師に言われました。できれば今日は破砕術もう止めて、さっさと内視鏡で取ったほうがよいといういけいけゴーゴーな医師。実は術後に診てくれた医師が違う人で(というか元々そっちにかかっていて、半年以上溶かす薬だけでやってたのよね。その後曜日が変わった際に次の医師に)、そっちは温存派みたいでわりと楽観的にもう一度見ようかと言われたんですが、先の医師だと結石なんてあってよくなるものでもないからさっさと取れという感じ。まあ実際もう下のほうに来てるものだから、腎臓内とかで温存するってわけにはいかんようで。

 内視鏡手術は予約いっぱいあるそうなので、やるとしても9月下旬かそれ以降になりそうですけど。トホホ。

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漫画家三山のぼる氏、ご逝去のこと。

 知っている方にはものすごくいまさらなので、華麗にスルーしてください。

 先日、漫画家山本貴嗣氏のサイトのブログ日記「あつじ屋日記」を見ていたら、漫画家の三山のぼる氏の単行本の話が出ていて、そこで氏が亡くなられていたことを初めて知りました。しかも去年の12月に。まさか半年以上も知らなかったとはと愕然しました。ついこの前まで連載してて最終回やって、単行本も出てたんじゃなかったっけ?と驚いたのですが、最後の連載作品の単行本も去年の話でした。なんでも心筋梗塞だったそうで、まだ51歳という若さ。驚くほかは無いです。ほぼニュースにならなかったそうで、世間の評価は正直そう高くなかったですね……やはり若すぎるのと驚異的なムーヴメントに至る代表作がなかったせいかな。
 さらに記事を見ていくと三山氏の最新の単行本『ブリキ細工のトタン屋根』──初連載漫画──より前にも『レクイエム-メモリアル未収録作品集-』という本が3月に出ていたそうで、そういえばこんな感じのものを一冊だけ見かけたような見かけなかったような……。TENMA COMICSだそうなので、そりゃそこらへんにはそう置いてないわな。こちらには遺作となった連載漫画(2回まで)もありますので、買おうかと思います。こりゃ通販かなー。

 三山氏の漫画については私はモーニング系列で2000年代あたりまでよく読んでましたけど、最近はとびとび。初連載自体も初期の名前のまだ違う「モーニング」だったそうで、いま一つ覚えてませんが読んでたかも。なんというか硬質な線でありながら丸みのある女性には色気があったり、中期あたりからははっきりした陰影で立体感が非常にあって、個人的にはマイナー系のちょっと変わった漫画を気に入ってました。初期に気に入ってたのは中身よく覚えてないけど確か『ノストラダムスの息子たち』。ちょっと尻すぼみの話も多いけれど全2巻の『ゴドー』はなぜか好きだったり、もうちょい長かった『女フィスト(メフィスト)』や『カンブリアン』初期なども好きでした。もっと普通の骨董屋を主人公にした漫画などもあって、そちらも好きでしたけど。今はほとんど見かけないので古本で探すほうが無難でしょうが、初期のはもう古本でもそうないかなあ。

 そのうち初連載の『ブリキ細工のトタン屋根』も読んでみます。

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赤塚不二夫さん、ご逝去。

 漫画家の赤塚不二夫さんがお亡くなりに

 結構前から(2002年だそうな)脳内出血で闘病生活に入られていたし、それ以前もわりと活躍が縮小されていたのでいまそれほど衝撃はありませんが、確実に昭和の時代が過去になりつつあるのが実感できます(いやもう20年経ってるんだけど、こう自分が子供のころの世界の一部が次々と消えていくとね……)。殆ど表現もできないほどの状態だったそうで、看病されていた奥様も二年前に亡くなられていたとか。安らかにお眠りください。


 赤塚漫画というと、おぼろげに覚えているのは『おそ松くん』が最古かな。貸本屋の本で読んだ覚えが。ただ子供の頃は主人公はチビ太だとずっと思い込んでました。そういやおそ松ってキャラもいるけど今(後半)はチビ太だよなって認識。『トイレット博士』の主人公はスナミ、みたいなもんですね(また古い漫画を)。

 漫画はこれだけど、アニメとなるとやはり『天才バカボン』ですね(『おそ松くん』のアニメはカラー版で初めて見たので、ずっとあと)。そりゃもう古いやつから元祖から、再放送等のたびによく観てました(一番新しいのは観てません)。一番思い出深いのは一作目。あの主題歌のおかげで太陽の昇る方角を覚えた子供は私だけではないはずっ。家にレコードがあって、繰り返し聞いてたおかげです。あの歌大好きだったなぁ。OPアニメも好きでした。細く高い岩の上に立つバカボンやパパをグーンとナメて離れていくカメラがすばらしい。ああいう歌い方する歌を聞いたのも多分あれが最初。なんつーか、猜疑心の塊みたいな歌詞や合いの手が最高でした。ヘンな歌いっぷり「ど根性ガエル」も似てて好きでしたね。

 他に『天才バカボン』といえば、数年前ヨドコウの物置のイメージキャラクターにも使われていましたが、そのCMがYoutubeにありました。「家族の思い出」編だそうですが、これがなかなかいいです。
 えらく歌がいいと思ったら、矢野絢子さんの「恋」という歌だそうです。HPのディスコグラフィ見ると、去年発売された4th full album「あいのうた」に収録されています。

 ヨドコウのHPにその他含めてバカボンCMの動画が置かれてましたのでそちらで全部観られます。
 私はこのうちの「開けやスイスイ~閉めやスイスイ~」の歌のやつしか見た覚えがなかったです。「家族の思い出」編は去年のはずだけど、余程私が見ない時間帯に流してたんだなぁ。

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